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雑記:なぜTramlinesをやるのか
30歳になったのを契機にテニスを始めた。
うまくいかない。テレビで観ているときは「簡単そうやな」と思っていたのに。コーチが出してくれるボールはゆっくりだ。ラケットの面も大きい。それでも当たらない。
普通にラリーが出来るまで3年かかった。バックハンドスライスをうつまで5年。綺麗な音でスマッシュを打つまで7年。なんでも吸収できるジュニアの子ども達が羨ましい。
私たちが上達するためには時間をかけなくてはいけない。途中でやめようと思ったことはない。ラケットの真ん中でボールを捉えたときの気持ちよさは何物にも代えがたいし、毎回「爽快な悔しさ」を与えてくれる。
時間をかければ少しずつうまくなっていくこの感覚。とにかく急いで目の前のことをこなさなくてはいけない仕事とは違う。出来ないこととまっすぐに向き合って良い贅沢な時間だ。毎回コートで気持ち良い疲労と元気をもらって帰る。
テニスの懐は深い。いろんな関わり方があって良いのだ。毎日のようにコートに通い、コーチとプライベートレッスンを組んでも良い。激務の間、週に1回90分真剣にグループレッスンに参加するのも良い。サークルで仲間と愉しむのも良い。大事なことは、とにかく場に居続けることだ。
大人からテニスを始めた人がやめてしまう理由は人間関係に起因するものが多いという。相性の悪いコーチ、色々ゆーてくる面倒くさい自称ベテラン、汚いジャッジを連発する悪マナープレイヤー…テニス愛好者は性格が変わっていると言われる。相性が悪いと、はじき出されてしまう。
私はどうしてきたのだろう。まずはユーモアを愛すること。合わない人を受け流し、気持ちの良い人を招き入れるには一番の武器だ。ユーモアのある場には良い人が自然と集まる。そして、自らがフェアさと向上心を体現すること。プレースタイルはもちろん、表情や動き、言葉、服装やギア選びを含めてだ。
テニスは一人では出来ない競技だ。試合になれば、ネットの向こう側に人がいる。ダブルスならパートナーも。プロもみなコーチを付け、チームを帯同させ、スポンサーと一緒に世界を回る。テニスは人間関係のスポーツだ。テニスが私たちに与えてくれるもの。爽快感。向上する機会。気持ちの良い人間関係。テニスの場におくべきもの。愉しむ気持ち、向上心、ユーモア。
これらすべてを伝える店舗・ブランドをつくりたい。